前回の<楽園の入口編>引き続き、モルディブでの切ない体験をお話しよう。
午前中の実習を終え、午後からはボートダイビングでの実習だった。午前中、指導してくれた日本人インストラクターは体調不良のため、一緒には行けない旨を告げられた。私と連れは、英語が話せないわけではなかったが、やはり不安があった。特に、連れは、午前中の講習では中性浮力に自信が持てず、楽しみより緊張が上回っているように思えた。ボートでは、クルー同士が和んでいる雰囲気もなく、連れと私もあまり会話が弾まないまま、ポイントへ向かった。
ポイントに到着した後、特に詳しい指示などは無いまま、バックロールエントリー。そして私は、ドイツ人インストラクターと一緒に潜降した。「ここで待て」との指示があったが、流れがきつく「ここ」では待てない。当時の私は、もちろんドリフトダイビングなど、体験したことはない。それを講習でやるとも知らされていない。「え?ここで待つの?」と思っているうちに、連れを迎えにインストラクターは浮上。連れが潜降に手間取っていたのだ。右手に、おそらくあるだろう海底は、暗くて何も見えない。左手には斜めに切り立った断崖があった。
「ここで」と言われても、流される。頑丈そうな岩を見つけて手でつかんでみたが、流される。海流は断崖沿いに、取り巻くように流れていた。潜った経験は、プールの中と穏やかなハウスリーフのみだ。「怖い。早く来て」そう願いながら、潮に抗いながらも流されていた。しばらくすると、インストラクターと連れがやって来た。「浮上するぞ」という合図をされ、何が起こったのかわからないまま一緒に浮上。インストラクターは、私と連れをボートに乗せ、何も告げないまま、再度潜降していった。しばらくして、インストラクターは他の外国人グループと一緒に戻ってきた。外国人グループはマンタの群れや、何やら大物に遭遇したらしく楽しげに会話をしていた。しかし、インストラクターは、不機嫌な様子だった。島に戻り、着替えを済ませた後、ホテル内のダイビングショップに向かうと、ドイツ人インストラクターと日本人インストラクターが何やら口論をしていた。ショップの外まで声は聞えたが、何を話しているかまでは聞き取れなかった。ショップの入り口にいた私と連れに気付いた日本人インストラクターは、「明日、もう一度、ハウスリーフでチェックダイブをしましょう」と告げ、忙しそうに立ち去った。私と連れは、互いに「自分が下手だったから」と言いながら、コテージに戻った。
楽しい気持ちが半減しているまま朝を迎えた。そして、日本人インストラクターに連れられて、予定通りハウスリーフでチェックダイブを実施した。特に問題は無かったが、旅の前から期待していたものとは違い、楽しくもなかった。大きなナポレオンフィッシュにも心ときめくことも無かった。
海から上がった私たちに、日本人インストラクターは、「2人とも中性浮力できているのにね」と言った。おそらく、昨日、ドイツ人インストラクターが、スキル不足を報告していたのだろうと理解した。昨日のことを謝罪したものの、スキルが無いと思われたことにも、楽しくない自分の気持ちにも、嫌気がさし、悔しく、悲しい気持ちで一杯になっていた。そして、「少し休憩したら、泳力テストをしましょう」とインストラクターに告げられた。
本格的に始まった海洋実習。まだまだ予期せぬ出来事が…。
次回、<終わりの楽園編>に続く。