海日和・わく日和-三十路目前女性ダイバーわくの海日記
私がダイビングに開眼したのは、忘れもしない(というか、遅すぎるのだけれども)ダイビング歴も2年目を過ぎた慶良間での1本だ。
と、いうと、色んな人に「好きでダイビングやってたんじゃないの?」なんて必ず返される。
そう、最初の2年間は「なんとなく始めちゃったから・・・」だけで漫然と海に通っていた。
そのことを猛烈に慶良間の海で後悔した。なんで今までテキトーに海に通っていたんだろう!ライセンスを取ったはいいが、だらだらとショップに流されるまま潜り続けていたのだろうと。
何故なら!慶良間の海はすごかった。とにかくすごかった。
初心者から上級者までどーんと惹きこむ慶良間の海!
少し説明すると、慶良間というのは沖縄の離島だ。那覇の泊港から高速船なら約1時間、フェリーなら4時間で行ける場所にある。慶良間諸島という大小さまざまな島から構成される場所で、県外在住者だけでなく、沖縄在住の人も、夏には「海水浴」として遊びに行くような地元でもメジャーな場所である。大きく、渡嘉敷島、阿嘉島、座間味島を中心とし、中央に慶良間海流が流れているが、離島の割には島が集中しているため、沿岸部は非常に波も穏やかで、ダイビング初心者にもとても潜りやすいスポットだ。
だが、慶良間の魅力はそれだけではない。2005年に『慶良間諸島海域』としてラムサール条約に登録されたほどの「生きた自然」を持ち、「ケラマブルー」と呼ばれる薄い青色絵の具を溶かしたような美しい海は、世界でも3本の指に入ると言われるほどの透明度を誇る。島々に囲まれた内湾はカラフルな熱帯魚が泳ぐ、誰もが想像する「ダイビング写真」そのものの光景が広がっているし、少し外海に出れば大型回遊魚に遭遇する事だって可能だ。ビーチから普通にスノーケルだけでも十分に南の島を堪能できる有名スポットだ。
そんな場所だとは事前に調べもせずに行ったのだから、これまたダイバーとしては笑い者なのだが、とにかくすごかった。
修正ナシ!ありのままの海がそこに!
グラフィックデザイナーという仕事柄、どうしても「きれいな写真」というのは、必ずどこか加工してあるもの、と考えている。今やデジタル加工してない写真はないといっても過言ではない。だから、慶良間の海に潜るまで、ダイビング雑誌やポスターで見る『水中写真』というものは、『綺麗に加工されたもの』だと勝手な先入観があった。
大間違いだった。目の前、というより水中だからまさに360度。どこをとっても、あの『水中写真』そのままなのだ。それどころではない。目の前に繰り広げられる光景だけでも驚きなのに、その『水中写真』達が命を持って動いているのだ。動いている、などというものではない。どんな色鮮やかな魚たちであれ、そこで互いのテリトリーを守りながら、激しく躍動している。動き回っている。溢れる生命力の只中に、いきなり放り込まれたようなものだ。
生き方を変えるダイビングは全身で海を感じるもの!
視覚だけではない。聴覚でも海は「感じ」られる。カチカチ、ピチピチという音が始終耳に入る。そこに自分の呼吸するゴボゴボッという音が入る。何より、その大きな海を全身で「感じている」という実感は、アドレナリンが出るどころか、沸騰して呼吸と一緒に溢れるような衝撃だった。
と、いくら文字で説明しても、実際に体験しないことにはあの感動はわからないと思う。
その1本(ダイビングでは潜った回数をタンク数で数えるため、1回2回ではなく、1本2本と数える)が大きく私のダイビング人生を変えた。
それまで、いくらショップスタッフが勧めても、仕事が忙しいだの、ツアー料金が高いだのと理由をつけてぐだぐだと「とりあえずダイバー」を続けていたのが一変した。とにかくまとめて取れる連休は全てどこかのツアーに参加した。参加するどころか、行きなれた場所には個人で予約して1人旅するほどにまでなった。
毎週末は必ずショップで訪れるホームビーチとも呼べる海岸に潜りに行きだした。それまでのぐだぐだはどこへやら、である。
仕事柄、徹夜、会社泊、1日睡眠時間は2~3時間はザラ、という、それだけでも信じられない状況なのに、休日は早朝5時に起床して、ショップから海へと出発。そんな仕事だけでも過酷な状況であることを知っているダイビング仲間は、口々に「わくさんいつ寝てるの?」と驚いていた。答えは「往復のバスの中―!」である。
いくら九州住まいとはいえ、都市中心部からダイビングが可能な海までは片道3時間ほどの時間がかかる。往復はショップのバスなので、車中で爆睡するのだ。それに加えて、1日2本のスケジュール中、昼休みの1時間ほどをさらにビーチで爆睡すれば、忙しい毎日の疲れが一気にきれいに吹っ飛ぶ。おまけに、帰りは必ず塩を流すために温泉に立ち寄るのだが、そこで飲むビールが次の週の活力になるのである。思いっきり海で遊んで太陽を浴びて、汗と塩を温泉で流した後の1杯はたまらない。
それほどまでに慶良間の海は、私のダイビング人生と毎日の生活を変えた。全てが海中心になってしまったのだ。
海と酒をこよなく愛するダイバーの誕生
デザイン会社勤務、といえば聞こえはいいが、同僚はほどんどがインドア派だ。いわゆる「オタク」層がとても多い。い
「毎日遅いのに、休みの日に海に行くなんて考えられない。楽しさが分からない」と、こっちも意味が分からない輩共に囲まれてしまう環境に日々身を置いている。
社内は男女比率半々だったが、見る見るうちに私が一番日焼けして黒くなり、男性陣よりもはるかに黒くなってしまった。そんなことなど、どうでも良い。「週末は海に行くのだ!」と決めたからには、毎日の仕事にも気合が入る。それこそ音が出るように、毎日バリバリ仕事を片付け、週末にはきっちり時間を作って海に通うようになった。何が何でも休日出勤をしなくて済むようにスケジュール管理をガッチリ決めた。
そんな風に私の生活は一変してしまった。先に海にハマったオジさま方の中には、「夜のおねーちゃんと遊ぶより海がいい!」とすっぱり夜遊びを辞めてしまった方もいるのだから、私が海の魅力にハマったのはしょうがない。
とはいえ、私のダイビングライフは、最初からそうだったわけではない。文字通り、慶良間で開眼したのであって、それまでの2年間は「なんちゃってダイバー」だったのだ。誰にだって、ダイビングを続けているのなら、人生を変える1本があると思う。私にはそれが慶良間での1本だったわけだ。
しかして、そこまでにたどり着くには、大きな紆余曲折があった。そう、誰だっていきなり「人生を変える1本」にいきなり当たるわけではない。そこに至るまでには、多少の山と谷を越えなくてはならないのである。
そんな私のダイビング人生スタートの話は、また次回!