ダイビングで海に訪れると必ずお出迎えしてくれるフナムシ。ダイバーとしては、海の中の生物をこよなく愛し、この地球上に与えられた生命すべてが尊い、と言いたいところだが、そうはいかない。今回は、ムナムシ嫌いのダイバーのために、フナムシ取扱説明書を公開しよう。
①母ちゃんフナムシには近づくな!
小学6年生の夏。私は、父に連れられアジ釣りに行ったことがある。しばらく父の横で釣りを楽しんでいたが、少し飽きて、釣竿を持って一人で堤防の端へ移動した。しばらくするとフナムシが何匹か近寄って来たので、釣竿についている餌の籠をフナムシに近づけると、サッと散るフナムシの習性が面白く、何度も繰り返し遊んでいた。すると一匹のフナムシが私の投げた籠を避けきれず、直撃してしまったのだ。「あっ」と思った瞬間、そのフナムシから無数の赤ちゃんフナムシがワラワラと湧き出てきた。母ちゃんフナムシのお腹には育児嚢があるらしく、孵化してもしばらくは赤ちゃんフナムシが育児嚢で育っていることは、事件後に知った。円を書くように四方八方にうじゃうじゃ広がり逃げ惑う赤ちゃんフナムシ。堤防の端にいた私は逃げ道を塞がれてしまった。まさに背水の陣。中国の故事ならば、ここで一気に敵に立ち向かい勝利を得るところだが、赤ちゃんフナムシめがけて籠を投げても大人のフナムシとは違って全然臆病ではない。向かってくる赤ちゃんフナムシを踏みつけて逃げる勇気もなく、堤防の端の端まで追いやられ、そのまま海水へバックロールエントリー。思春期を迎えつつあった私にトラウマができた。母ちゃんフナムシはラスボス並みの戦闘力であることを決して忘れてはならない。
②干したウエットスーツに無防備に手を突っ込むな!
ダイビングを終えた後、ウエットスーツを脱いで休憩することや、干していることもあるだろう。その隙を狙って奴らは侵入してくる。宿泊施設で一晩中干している場合はさらに危険度が増す。私は裏返しになったウエットスーツをひっくり返そうとして、手に当たった異物をゴミかと思い、手で握って取り出したら、奴が「こんにちは」してきたことがある。白目をむいて地上でバックロールエントリーしたくなければ、無防備な行動は慎まなければならない。地上にウエットスーツを放置するなど御法度である。
③レギュレーターをくわえる前は細心の注意を払え!
ウエットスーツ同様、レギュレーターは地上に放置するようなことがあってはならない。干すときは必ず、レギュレーターを下に向け、奴の侵入を少しでも遮らなければならない。私は2本目のダイビングの前、セッティングしたレギュレーターをくわえてチェックしようとした瞬間、奴に唇を奪われた経験がある。ここで大切なのは、奴がもし母ちゃんフナムシだったら?などという不毛な妄想をしないことである。口の中でワラワラと広がる無数の赤ちゃんフナムシを想像するだけで、天国へ向かって緊急スイミングアセントする危険性があるからだ。
④フナムシを可愛いという女子達を超える想像力を持て!
仮に、好きな異性からフナムシをプレゼントされたとしよう。その人がいかにして苦難を乗り越え、一匹のフナムシを捕まえたかを想像してみよう。世界中のフナムシからたった一匹だけが選ばれ、私の元へやってきた壮大なスペクタクルを思い描けば心の底から「ありがとう」と言えるだろう。例え、「フナムシ可愛い~」という女子達に囲まれたとしても、甲殻類のエビやカニと同じ祖先を持ち、進化した生物だという想像力を持てば、「フナムシ凄い」と言うくらいは簡単だ。
⑤どんな奴にも必ずいいところはあるという寛容さを身に付けろ!
現代社会で、幸せを常に感じるには“寛容さ”は必要不可欠だと言えるだろう。人間関係においてピリピリしていると心が削られていくような経験をしたことがある人も多いはずだ。フナムシは生き物の死骸を食べて海岸のお掃除をしてくれる生き物だ。そんな一面に目を向けられるようになれば、フナムシの取り扱いも人間関係もスキルアップするに違いない。