前々回、前回に引き続き、モルディブでの切ない体験をお話しよう。
いざ、沖に向かって
チェックダイブ後、泳力テストをすると言われ、ウエットスーツもマスクもフィンも全部脱ぐように指示された。私は、決して泳げないわけではなかったが、念のため、泳ぐ距離を聞いてみた。ビーチから足がギリギリ届く位置まで移動し、そこからからスタート。ビーチから水上レストランを結ぶ桟橋沿いに、沖に向かって泳ぐという説明だった。遠くに小さく見える水上レストランを見て少し不安になった。昨日に引き続き、今日もダイビングをしていたことで疲れが溜まっていたため、体力が持つかどうか不安だった。水泳は学生時代に50mくらいは続けて泳いだ経験はあるが、水上レストランまでは100m以上はある。足が届かないところとなれば、さらに不安だ。人より寒がりの私は、ウエットスーツを脱いで泳ぐことにも抵抗があった。ウエットスーツだけでも着させてもらえないかと聞いてはみたが、了解は得られなかった。「不安だけど、休憩しながらゆっくり泳ごう」そう自分に言い聞かせて海に入った。
モルディブに響く悲鳴
海に入った私は、桟橋に並行して沖に向かった。やはり、疲労が溜まっていたのか50mくらい泳ぐと、息が切れて疲れてきた。海はプールとは違い、穏やかな海であっても水面が上下し泳ぎにくかった。疲れたので、少し背泳ぎになってみようと思った瞬間、視界に桟橋を支える柱が目に入った。「あそこへ行けば、少しつかまって休憩ができるかもしれない」と思った。桟橋と並行して泳いでいた進路を、桟橋の方角へ向けてみた。その瞬間、桟橋の上を歩いていたドイツ人インストラクターが「そっちに行くと、ウミヘビとウツボがいる!」と大声で言ってきた。それを聞いたとたん、もう、私の脳内ではウミヘビが後ろから追いかけてくるイメージに変わっていた。「ぎゃあああああ」甘く静かなモルディブの海に響く悲鳴。全速力で水上レストランに向かってみたが、さらに疲労は増し、引き返すにも、水上レストランに向かうにも、立ち泳ぎしているのが精いっぱいになってしまった。「もう、リタイアしたい」と桟橋にいるドイツ人インストラクターに大声で言ってみたが、「だめ!だめ!」と言われた。ウミヘビへの恐怖や、溺れる恐怖の悲鳴ではなく、今度は怒りの悲鳴がでた。「マジで無理やねん(怒)」が必死すぎて「ぎゃあああぎゃぎゃ#$&%」という英語でもない悲鳴語。尋常ではない様子に桟橋に人が集まってきた。ドイツ人インストラクターは慌てて私の救出に来て、「落ち着け」と言っていたが、私は見物人に対し恥ずかし過ぎて、すでに冷静だった。そして、夢にまで見たモルディブでのライセンス取得への扉は閉じた。
それでもやっぱり夢は諦めきれず
あれから、もう20年近く経つが、今はダイビングを楽しんでいる。やはり、ダイビングを諦めきれず、帰国後すぐに国内でライセンスを取り直したのだ。モルディブではボートダイビングは、ほぼ100%がドリフトダイビングであることも知った。潜降ロープは、取り直しをした際に初めて使った。こんな安全なものがあるのか、と思ったが、モルディブでライセンスを取得するということは、それだけスキルを求められることも理解した。ドリフトダイビングでは、ダイビング終盤に流されながら、浮上していくため、中層での安全停止のためには中性浮力が必須スキルになるのだ。講習生にはハードルの高い技術だと思うが、必要だからこそ厳しく要求されるのだろう。マスクを海中で剥ぎ取られることや、沖に向かって泳力テストをすることは、普通は無いと思って大丈夫だ。
楽しみながらゆっくり成長しよう
私個人の率直な意見としては、モルディブでライセンスを取得するのは、勿体ないと正直思う。訪れるなら、自分のスキルに自信が持てるようになってからをお勧めする。私のような失敗談はレアかもしれないが、やはりスキルが伴わなければ、せっかくの海に出ても行けるポイントが限られてくる。ベテランであっても、ハウスリーフをガイドと潜り、モルディブの海を潜るスキルがあるかどうかというチェックダイブを受けることになる。
欲張らず、徐々に上達する方法はいくらでもある。自分のスキルをきっちり理解してくれるインストラクターやガイドさんと出会うことも大切だ。
これからモルディブの海を目指すダイバーに私の失敗談を是非、参考にして欲しい。