「誰だって最初は初心者、大丈夫!」
初めて海に出る初心者ダイバーが不安そうにしているときに、必ずそう言ってバーン!と背中を叩くのが毎度恒例儀式になっている。
かくいう私も最初はそう誰かに背中を叩かれてダイバーデビューしたわけだ。
この「背中バーン!」儀式は私が所属しているダイビングショップの伝統のようだ。
必ず誰もがこの儀式を受けてから海にデビューするのだ。
とはいえ、最初はそう言われても不安は沢山あるもので・・・。
そんなダイバーになろうかどうか考えている方は是非一読頂きたい。
私がダイビングを始めようと決心したのは、忘れもしない29歳の誕生日が近づくころだった。
年齢的にも仕事に脂が乗る時期で、後輩の指導も任され、新しいシステム導入の対応にも追われ、更に通常業務もこなす日々。
仕事柄、気がつけば時計がとっくの昔に日付を跨ぐことなど日常茶飯事だった頃である。
デザイン会社の仕事というものは、他の会社とは違い、忙しさのピークは夕方過ぎからやってくる。(少なくとも私の会社はそうだった)
気がつけば、いつ夏になったのか冬になったのか。
会社行事としての「花見」でようやく春を知り、その一晩だけ桜を見るような、友人に言わせると「仕事バカ」の日々を当たり前のように過ごしていた。
そんなある日、ふと気づいたのである。
「私、このままじゃ、仕事だけの人生になっちゃう!」
気づくのが遅すぎるというかなんと言うか。
人は精神的に疲れると、自然に目を向けるとどこかで読んだ。
まさにその通り、私が何かを始めよう! と思ったときに浮かんだのは、以前から興味があった「スキューバダイビング」と「パラグライダー」だった。
長年激しくインドア生活を続けていたのに、思いっきり針が振り切った考えなのは自分でも分かっていた。
そこでネットで両方の初期費用や、近くのショップを検索してみた。
費用的にはどちらもさほど変わりはない。双方のショップも訪れてみたが、どちらもとても興味がわいた。
さあ、どうしよう?
悩んだ末に選んだのは「ダイビング」。
なぜかといえば、元々水泳部に所属していて泳ぎは得意。
パラグライダーは地元は全国的にもメッカらしく、おそらく続けていても見える光景はあまり変わらないだろうし、なんにせよメッカなだけに、事故の話も良く聞いていて怖さが先にたった。
仕事付けの生活なのに、(一応)嫁に行く前に空から落ちては話にならない。
かくして、ダイビングショップの門を叩いたはいいが、その後、ダイビング沼にすっかりはまってしまったのである。
ダイビングというのは、大半の人がライセンスが必要なスポーツであることはご存知かと思う。
しかしながら、このライセンスを取るのに、まるで自動車学校のように、学科と実技講習の壁を乗り越えなくてはいけないことを知っている人は少ないかもしれない。
東京在住の友人がリゾートで「短期習得でカンタンだったよー」と言ったのを鵜呑みにしたのも悪かったかもしれない。
しかして、この「学科」がめちゃくちゃめんどいのである。
いや、私には面倒だっただけかもしれない。
同期のダイビング仲間も「そんなに難しかった覚えはない」と口を揃えて言う。
覚えることは沢山あった。
機材の名称、ダイビング用語、地形と潮流の関係、そして最大の難関が
『残留窒素計算』
である。
「1,2,3、たくさん!」の算数おバカの私には、この『残留窒素計算』がめちゃくちゃ理解不能だった。
気圧は水深10mごとに1気圧、2気圧、と覚えやすいのだが、これに
「水深20mで10分間、その後10mで30分潜水した場合の残留窒素は?」
などという問題にシャーペンの芯が折れるほど苦労した。
久々に高校の数学の時間を思い出し、公式を丸呑みしてなんとかやり過ごした。
かくして、100点満点70点以上が合格ラインという学科試験に、わずか3点の猶予でギリギリクリアした私を、インストラクターが苦笑いで見ていた。
散々な結果に青くなっている私に、イントラの彼女(ぴっちぴちの20歳モデル並みの可愛さ)が
「じゃじゃーん!黙ってましたが、実はこんなものがあるのでしたー!」
と、取り出したのが、散々頭を悩ませた残留窒素を簡単に計算してくれる、ダイバーならご存知の“ダイブコンピューター”なるものだったのだ。
なんとこのダイブコンピューター、残留窒素ばかりか、潜水開始時間、潜水終了時間、最大深度、平均水深を過去10回も自動で記録するというスグレモノ。
しかも、残留窒素濃度や最大深度が過度になると、アラームまで鳴るというのである。
「そんな便利なものがあるなら、こんな計算覚えなくてもいいじゃん!!」
と抗議する私に、彼女は
「はい、それ間違い。海では何があるか分かりません。ダイコン(略してそう呼ぶ)壊れることだって考えましょう!」
と1本取られてしまった。
もちろん、必ず購入する器材の筆頭に、このダイブコンピューターが上がったのは言うまでもないのである。
器材のこと、プール講習編に続く